1.首相の参拝は私的行為であり,国家行為にあたらない
公人としての参拝か,私人としての参拝かを考え,
公人としての参拝=国家行為,つまり国家が参拝したことに
なるから違憲,と大阪高裁は判断しています。
しかし,資格が公人かどうかと,行為が公的かどうかは次元の違う議論です。
小泉首相は,首相という公人として参拝していますが,
参拝そのものは私的な行為です。
たとえば,警視庁で,幹部が警官に無謀な突撃を命じ,
その結果,突撃した警官が全員死亡したとします。
このとき,警視総監が,なきがらにむかって手を合わせたり,
あるいは自分の信仰する寺で亡くなった人を思ったりしたとします。
その人物は,警視総監という責任者の地位にあることによって,
警官を多数亡くしたことに思いを馳せたのです。
つまり,警視総監としての立場から,手を合わせたのです。
彼が警視総監じゃなかったら手を合わせたりなんぞ別にしてない。
しかし,だからといって,警察という国家機関が
別にその寺を信仰していることにはならない。
警視総監の地位にいる彼がたまたまその寺を信仰していたに過ぎない。
彼がキリスト教を信仰してるなら教会で十字を切ればいい。
これをもし,政教分離だから遺体に手を合わせたりはしませんといったら
国民は,その警視総監こそ一回死んで来いコノヤローと思うに違いありません。
もっとわかりやすい例を挙げれば,たとえば,
衆議院議長の河野氏が衆議院のトイレで排便するとします。
仮に衆議院議長が,マスコミにむかって
「これから衆議院議長としてウンコしてまいります!」といって
公費で雇ったガードマンを連れて和式トイレに向かい,
日本の方式で排便したとします。
衆議院議長として排便した,つまり公人として排便したことにはなりますが,
排便はあくまで私的行為であって,国家が排便したことにはならない。
このように,公人か私人かという議論と,
国家行為か私的行為かという議論はまったく違う次元の話です。
そして,個人が自らの信仰から参拝する私的行為であれば,
国家がやっているわけではない以上,憲法に違反することはありません。
2.靖国神社を特別扱いする目的も効果もない
首相が靖国神社を参拝することで,靖国が特別だとの印象を
与えるという指摘がありますが,そもそも首相は靖国神社のみを
参拝しているのではありません。
千鳥が淵墓苑も全国の慰霊地も行っているのに,
靖国神社の参拝だけが報道されているからそう誤解されるだけです。
ここで逆に,戦犯がいるから何やらで靖国だけには参拝しない,とすると,
むしろその方が,特定の宗教を特別扱いしたことになり,よっぽど問題です。
なお,無宗教の国立墓苑を作るべきだ,という短絡的発想の政治家がいますが,
それをやるなら,他のいかなる宗教施設や墓にも国会議員は
行ってはならないことにしなければ,論理一貫しません。
つまり,その国立墓苑と,靖国以外の所には行くけど,
国立墓苑ができたから靖国には行かない,というのは違憲の疑いがあるからです。
が,いかなる墓にも行ってはならないとすると今度は信教の自由の侵害になる。
言ってる意味分かりますか?
仮に国立墓苑作ったとしても,それでも首相が靖国参拝したければ,
それを禁止することはできないということです。
つまり,国立墓苑は問題の解決にならない。
靖国が特別扱いされる印象がどうしてもあるならば,
何のことはない,靖国参拝したあと,その足で寺と教会とモスクを訪れて,
そこでも戦没者のことを思って参拝してやればいいんです。
一定規模以上の宗教に全部顔立てれば,
特定の宗教を援助助長する目的と効果は認められなくなる。
首相がせっぱつまったらそれをやるような気がしますね。
3.補足
念のためいっておきますが,ここで述べたのは,
靖国参拝は憲法に違反しないということだけであって,
別に,参拝をぜひやるべきだ!とはいってません。
憲法をタテに議論を進めるのではなく,
政治的な問題として国民がこの問題を処理すべきと思います。